2020-07-28

別冊太陽 五味太郎

「先のことなんて誰にもわからんぞ」と何処を見るでもなく、運転席からぽつりと年老いた父親が言った。ふだん口にしないような声色で。
事務所へ立ち寄った両親の車を見送る際、未来に対して少し後ろ向きなことを言った僕へと投げ掛けられたひと言。いや、あの声色は、父自身もふくめたあらゆる人に向けた言葉だったのかもしれない。

不意打ちだったから真意を問うこともできず、手を振る向こうへと車はゆっくり発進した。ぼんやりとエンジン音が消えていくその場で、僕は反芻した。あの言葉から、ネガティブな気配はまったく感じられなかった。

父は数年におよぶ治療を終えて癌を克服したばかりだが、他にも持病がある。報道されている情報を鵜呑みにするならば、万が一かのウィルスに感染したら、そこには絶望しか見当たりそうにもない。……今まで感じたことのない怖れが僕をうつむかせる。思い返しても、これまでこんな恐怖と背中合わせで生きてきたことは、一度もない。感染におびえる状況が、今も続く。やり切れなくなって時々それを忘れ、そうしてまた顔があげられる。その繰り返し。

心の内側がそんなふうに渦巻き続けるここ数ヶ月間。これまでの、そしてこれからの生き方について考えさせられながらも、僕はこの一冊をデザインすることに向き合っていました。

誰かの生き方(今回の場合は五味太郎さんでした)を知ることで、自分の人生を見つめ直すことがある。そう感じさせてくれる一冊でした。ぜひご高覧ください。(ä)

2020-06-18

福島県観光物産館:久保修さんのお土産袋

新型コロナウイルスの影響で、仕上げたもののなかなか発表できないでいた福島県観光物産館のお土産袋たち。終息のきざしがみえた去る6月12日、ようやく使用スタートになりました。感慨無量です。

以前のブログでもご紹介した、切り絵画家の久保修さん。作品集『久保修 切り絵画家の半生』(淡交社刊)のデザインをあをぐみが担当したご縁で、福島県観光物産館のお土産袋のデザインも、引き続きお手伝いさせていただきました。






紙袋6種類、ビニール袋9種類、包装紙の全16種類……こうしてみるとけっこうなボリュームですね。福島県の地域にちなんで制作された久保さんの切り絵7作を組み合わせながら、最適のかたちでデザインしていきました。地元の新聞「福島民報」にデザインモチーフが詳しく掲載されたので、そちらもぜひご覧ください。

お土産を買う楽しみに加え、買ったお土産のサイズに合わせ、久保さんの作品を集める楽しみも生まれるようにと、できるだけデザインが重複しないようにしてあります。
とっておきたくなるような袋をデザインすることが、結果的に資源を無駄にしないことにつながるんじゃないかなあと願いつつ。



福島県観光物産館にはしばらくの間、久保さんの作品が展示されているため、訪れる楽しみがあります。全国的に言えることですが、自粛要請によって観光業界はかなりのダメージを受けているので、この久保さんの紙袋が福島の観光を盛りあげることにつながるとうれしいです。(ä)

2020-06-03

あをぐみÖの読書日記「皮膚と心」

 いい齢をして「とびひ」に感染。肩から背中にかけて赤黒いテンテンボチボチが踊り、草間彌生さんもびっくりの「水玉脅迫」ぶり。コロナの不穏が、こういうカタチで出てきたか、あーあ。

 こうなったらあれを読むしかない! と思って引っ張り出してきたのが太宰治でありました。その名も「皮膚と心」。皮膚病をわずらっちゃった女性の独白調による短編です。

 まあ、なんと言うか甘い。「おぬし、甘いのう」の「甘い」ではなく、スウィートな甘さです。恋に恋すると同様に、悩みに恋する女性のとめどなく流れる感情の渦。苦悩に淫している感じが甘さを醸します。「皮膚病を患った女」という意味では主人公と同じ立場ですが、まあ、なんと言うかわたしとは十億光年くらいの距離感がある、心理的に。……と一瞬思ったものの、感情の内容はともかく、何か非日常的(ネガティブ)なことに出くわし、くよくよと感情の渦に飲み込まれていくのは、実は同じかもしれない。

 主人公の場合、その感情が「女であることの因果」みたいなところにまでどっぷり堕ちていきます。その極みが、終わりの方で発射される「プロステチウト」発言。でたな、カタカナ一言爆弾。『三四郎』におけるストレイシープ(これも女性(みねこ)の発言ですね)同様、くさびのように心に撃ち込まれる威力のある単語です(意味は。。。調べてみてください)。どんな”おたふくのおばあさん”(主人公、28歳なんですけどね)でも、女は女。醜い皮膚病は、唯一のよすがを奪われる残酷な仕打ち。残った道は堕落か自殺か、というところまで思考が進みます。「健全な体に健全な魂」というけれど、逆も真なり、なのかも。ため息。
 ネガティブに陥る自分を客観的に見せてもらった気がして、正気に戻るきっかけをつかみました。おかげさまで。やはり本は効くなあ。

 ところで、女性の苦悩とは全く別の次元で、今回この短編を身近に思えた発見がひとつ。主人公の夫がデザイナーなんですよ。そうだったっけ? 昔読んだ時にはスルーしてました。とても気に入っていた図案を、まさか自分の夫が手がけていたとは、と気づいたときの女性の描写。このあたりに今回はキュンときました。はは。

 ちなみにこの短編、新潮文庫の短編集『きりぎりす』に収録されています。写真はかつてあをぐみがデザインした「別冊太陽 太宰治」。
ああ、もうすぐ桜桃忌ですね。(ö)


2020-05-11

あをぐみÖの読書日記

COVIC-19のせいで時間ができたのを機に、読書な日々。

もともとこもり気味の生活を送っているため、パンデミック下で様相が大きく変わったりはしてないのですが、漠然とした不自由や重い空気に包まれ、真綿で首を絞められているような今日この頃。
そこで、この本を読んでみた。自分の不安を他人の不安で上塗りしてやろうというわけです。毒を持って毒を制す的な?

不安の書【増補版】
Livro do Desassossego
発行:彩流社
著者:フェルナンド・ペソア
訳者:高橋 都彦


前情報なくタイトルと装丁で選んだ一冊ですが、これがまあ、今の空気感にぴったりそぐう一冊で、我ながら選書力の高さに苦笑。
情報によれば、ポルトガルの詩人・ペソア最大の傑作とされる『不安の書』の完訳であり、”待望の復刊!”とのこと。日記のようにも、創作のようにも、詩のようにも感じられる不定の断章で構成されています。

読みはじめてすぐ、「よくもここまで不安にかられ”られる”ものだ」と感心。日記のようではあるけれども、飽きもせず毎日ぼやき、つぶやき、うめき、世を呪う。……そういう断片が延々と続く(結構分厚く、600ページ超)わけで、早々に投げ出したくなりそうになったのだけど、そこはさすが詩人。漠然とした不安をつぶやくために操る言葉の数々は見事に多彩で、それがまた逆に呆れるというか……。
読めば読むほど訳者の根気とご苦労が思われ、高く尊敬の念を抱きます、マジで。

で、気付いたのですが、この本に正しい読み方があるとすれば、気が向いた時にパッと開いたページを”啓示”として受け取ることかも。「今日の星占い」的な感じで読む、「今日の不安」。そう思うといろいろな言葉(不安)との出会いが断然楽しくなる。

以下、2、3の短いフレーズを抜粋。

わたしは道徳を守りつつも善いことをしないが、わたしに善いことをしてくれとも要求しない。
(共感~!)

わたしの理想はすべてを小説で体験し、実生活で休息する。 
(これも共感。バーチャルに生きる幸せと閉塞)

支配するには感性に欠けている必要がある。
(例として挙げられているのは政治家、司令官のほか、美しい女性。。。こういうユーモアは、ペソアの武器のひとつだと思う)

今後もそのやりかたで、この分厚い一冊を、パンデミック収束までの羅針盤として活用していきたいと思います。どんな珠玉のぼやきに出会えるかしら、ワクワク。毒はやはり毒に効くらしい。(Ö)

2020-03-18

もっと知りたい浮世絵

ずいぶんと長くブログの更新をさぼって(苦笑)しまいましたが、
あをぐみが編集とエディトリアルデザインを担当した『もっと知りたい浮世』(東京美術刊)が発売中です。


これまでも浮世絵にまつわる本は、何度もデザインしてきました。でもよくよく思い出してみると、幕末や近代の版画家のものが多く「浮世絵」そのものを主題とした本を担当するのは、意外にも今回がはじめてでした。

知っていたようで知らなかったことも多く、デザインしながらあらためて学び直せて、あをぐみにとってもためになる一冊になりました。

今現在、美術館も臨時休館中のところも多く、美術ファンのひとりとしても心が痛みます。

本書にかぎらず今までデザインしてきた、そしてこれからもデザインしていく本たちが、紙面を通じて美術を楽しむことや、手にしただれかの心を明るくすることに一役担えたらさいわいです。(äwö)