「先のことなんて誰にもわからんぞ」と何処を見るでもなく、運転席からぽつりと年老いた父親が言った。ふだん口にしないような声色で。
事務所へ立ち寄った両親の車を見送る際、未来に対して少し後ろ向きなことを言った僕へと投げ掛けられたひと言。いや、あの声色は、父自身もふくめたあらゆる人に向けた言葉だったのかもしれない。
不意打ちだったから真意を問うこともできず、手を振る向こうへと車はゆっくり発進した。ぼんやりとエンジン音が消えていくその場で、僕は反芻した。あの言葉から、ネガティブな気配はまったく感じられなかった。
父は数年におよぶ治療を終えて癌を克服したばかりだが、他にも持病がある。報道されている情報を鵜呑みにするならば、万が一かのウィルスに感染したら、そこには絶望しか見当たりそうにもない。……今まで感じたことのない怖れが僕をうつむかせる。思い返しても、これまでこんな恐怖と背中合わせで生きてきたことは、一度もない。感染におびえる状況が、今も続く。やり切れなくなって時々それを忘れ、そうしてまた顔があげられる。その繰り返し。
心の内側がそんなふうに渦巻き続けるここ数ヶ月間。これまでの、そしてこれからの生き方について考えさせられながらも、僕はこの一冊をデザインすることに向き合っていました。
誰かの生き方(今回の場合は五味太郎さんでした)を知ることで、自分の人生を見つめ直すことがある。そう感じさせてくれる一冊でした。ぜひご高覧ください。(ä)