2021-03-01

別冊太陽 科学絵本の世界100

 あをぐみがエディトリアルデザインを担当した『科学絵本の世界100 学びをもっと楽しくする』(別冊太陽 日本のこころ 286/平凡社刊)が、先月発行されました。


昨年デザインを担当した『別冊太陽 五味太郎』に続いて、奇しくも絵本関連の特集を担うことになり、コロナ禍のこの1年のあいだは、たくさんの絵本を読みふけりました。
ちなみにこの『科学絵本の世界100』でも、五味さんの作品が紹介されています。

コロナの影響か、自分がオジサンになったからなのか、こどものころはゲラゲラ笑って読んでいた本も、あらためて読み直すとなぜか泣けてしまったりと、いろいろな気持ちが込みあげてきます。読んだ本に勇気づけられたり励まされたり。そうやって心に不思議なエネルギーが渦巻くなか、いつもとはちょっと違うテンションでデザインする日々でした。

そうやってできた本書。画家で絵本作家の堀川理万子さんに描き下ろしていただいたキャラクターたちのおかげで、多種多様な「科学絵本」というジャンルにうまく統一感をもたせることができ、楽しい一冊に仕上がっています。

掲載の絵本は名作ばかりなので、これをガイドブックとして、気に入った科学絵本もあわせて手に取っていただければ、とてもうれしいです。(ä)

2021-02-22

あをぐみÖの読書日記「文学ムック ことばと VOL.1」

これまで文学誌やムックの類をほとんど読んでこなかったのだけど、たまには、と手に取ったのがこちら。去年の春に創刊したばかりだそうです。



新創刊するからには「既存にはないものを」という意図が込められているんだろうけれど、ウォッチャーではないのでそこはスルー。掲載されているものをフツーに受け取るだけでしたが、普段読み慣れないだけに、「文学ムックって中学校みたいだ」と思いました。要するに、自分で選んでいない人たちに囲まれるというか、ありとあらゆる人種が入り混じっている空間に放り込まれた気分がしたのです。
そこには気の合いそうなヤツもいれば、受け付け難いヤツもいる。偶然の出会い。ここから生涯の友が見つかるかもしれない。うん、小学校や高校とも違う、まさに中学校のクラスの感じ。

おもしろいのは、フツーの日常を書いているだけなのに、彼岸と此岸くらいの距離を感じる物語もあれば、全くの異世界や自分とはかけ離れた人物の話なのに、ものすごく近いものを感じる物語もあるということ。
いろいろな話が一緒くたになったムックだからこそ、違いが鮮明に迫ってきます。ビールを飲んだ直後に違うビールを飲むと、味の違いがより明確になる、というのと似てるかな(ちがうか?)。

美術ウォッチャーのÖとしては、福田尚代さんの見事な回文が冒頭に載っていたのが嬉しかった。これほんと、アートです。ムックでのこの作品の肩書き(?)が「表現」となっていたことに、ある種の感動を覚えました。

ムックとか文芸誌、たまには読んでみるものですね。大人になると新しい友人がつくりづらいといいますが、好きな人とだけ付き合っていないで、たまには「蓋を開けるまでわからん」という場に行ってみるのも新鮮。新たな出会いを得て、my 読書生活がイキイキしてきました。
あ、このムック、もう vol.2 が出てるみたいです。(ö)

文学ムック『ことばと』vol.1
発行:書肆侃侃房
編集長:佐々木敦

2021-02-10

ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース|ダブル・サイレンス@金沢21世紀美術館

 タイトルのとおり2人の美術家による展覧会ですが、これまで一緒にやってきたとかコラボの機会が多かったわけではなく、意外にも接点はないんだそうで……ではなぜこの組み合わせ? オランダとベルギーで出身国も違うし、主に彫刻で表現するマンダースと、絵画のボレマンスとではメディアも違う。ふーむ。。


ともあれ、この展覧会のだいぶ以前から、ボレマンスファンのあをぐみÖ。実はパソコンの壁紙は彼の絵画なのです。ふふ。そういうわけでその作品が見られる機会を見逃すまいと、早速GO!



以下すべて主催者の許可を得て撮影しています。

 美術館の人の話では、コロナの影響で2人とも訪日がかなわず、オンラインによる指示で展覧会準備を進めたそう。あれだけの広い会場を、「この作品はもう少しこちらに向けて」とかパソコン越しにやりとりするのって……作家も美術館スタッフも、相当シンドかっただろうなあ。

 マンダース彫刻の置かれた床に砂のようなものが落ちていて、「壊れちゃった?」と一瞬焦るのですが、実はこれも作品の一部(写真では見づらいと思いますが)。この散らばしかたもマンダースのオンラインによる指示(「もう少し広い範囲にばら撒いてね」みたいな感じ)で、美術館スタッフが再現したものなんだって。ひゃー。



それにしても、2人の作品はどちらもイメージは強烈なのに(例えば、ピンクのドレスで着飾った女性が真っ黒く顔を塗られていたり(=ボレマンス)、女性の頭頂に楔のような板が打ち込まれていたり(=マンダース)など)、その激しさに反比例するような静けさや、時が凍ったような感覚を生じさせます。それら個々の作品が出す無音のバイブレーションが不思議に共鳴している気がしたので、意識してその”共鳴・呼応”に耳を澄ませてみることにしました。

 そのうち、作品同士は何を語り合っている?とか、なぜ「ダブル・サイレンス」なの?という問いや想像は、いつしか内面に向かい、自分と対峙する静かな時間に。会場を出る頃には何だか清々しい気分になってて、あ〜、わたし、こういう時間を必要としていたんだなあ、としみじみ。



そうそう、この展覧会に合わせたのかは不明ですが、3月から東京都現代美術館でマンダースの国内初個展が行われます。行かなきゃ!(ö)

展覧会情報はこちら

会期:~2/28
休:月曜
観覧料:当日一般¥1,000ほか

2021-01-16

あをぐみÖの読書日記「むらさきのスカートの女」

コロナ大爆発の昨今。またもや引きこもっての読書生活がはじまっています。で、読んだのが2019年の芥川賞を獲った、今村夏子さんの著書。掲載は表題作のみなので、まあまあ長いお話です。


最初は「むらさきのスカート」「黄色のカーディガン」は何のメタファー??と、いちいち立ち止まりながら読んでいたけれど、書かれたものを文字どおり受け取るべしという結論に早々に至りました。文体も言葉も平易でとにかく読みやすいから、自ら立ち止まらなければストーリーはスイスイと流れていきます。

が、軽く読めてしまう割には謎が多すぎ。わたくしは途中まで、物語の主人公(語り手)は「監視カメラの向こうの人」かなと思ったりしてましたもん(村上春樹『アフターダーク』的な感じ)。読み進めていくと苗字が出てくるので「人だった」とわかるのですが、それでもしばらく読むと、やっぱり”見えない複数の存在”なんじゃないか、などと疑ったりしてしまう。

だって、一人の人間に常につきまとってもバレない・看破られないなんて、フツー無理だもの。街中に仕掛けられた監視カメラが主人公(語り手)と言われた方がしっくりくるほど、主人公は「むらさきのスカートの女」にひたすら迫る。ところどころ「ユーモア?」と思えるシーンもあるけど、それがいっそう、人間が人間につきまとうことの怖さを際立たせます。

そして、読んでいるうちにどんどん作家が心配になってくる。病みの度合いがズーンと深いのです。簡単には救い出せないところにいて、誰の手も届かないのではないかと不安になってしまいました。作家は違うけど、以前『コンビニ人間』(村田沙耶香・著)を読んだ時も似たような不安に陥りましたが、これもまたそれと同等。いやむしろ、より深いぞ、病み(闇ではない)が。

前に同じ今村さんの『星の子』(映画にもなりましたね)を読んだときは、ここまでの病みを感じなかったけど、それは主人公はともかく、その両親が変という構図だったからかも。今回のは主人公の深度がすごい。

……この物語は果たして恋愛? 観察日記? 狂気?


『むらさきのスカートの女』
著者:今村夏子
発行:朝日新聞出版
第161回芥川賞受賞作

2021-01-06

10年めー

新年が明けて1週間近く経ちました。

「おめでとうございま〜す!」と素直に寿げない事態となり、悶々とした年明けとなってしまいました。ワクチンが行き渡り、コロナが終息するのは2〜3年後ではないかと思うと……はあ、気が重くなります。

と、こんな出だしでなんですが、あをぐみはこの2021年で創立10年目に入りました。

東京・港区で蒔いたタネは長野県・松本で育ち、どうにかこうにか10年。できたこととできなかったこといろいろひっくるめて、もう10年、です。

これは常套句でもなんでもなく、本当に素直に「みなさんのおかげ」で今ここにいられるわけで、ご縁に深く深く感謝しております。ありがとうございます。この場をお借りし、深く深く感謝。

とにもかくにもあをぐみは次の10年に踏み出したので、コロナだからといって落ち込んでばかりはいられません。これからも華麗に暴走していきたいと、気持ちを新たにしています(お、ようやく新年らしい雰囲気になってきました)。

見ててね〜!(äwö)